アイカツ/クラウズ/人格が増える

huluで『アイカツ』を50話分見まして。マイクをおしゃもじに持ち替えた回以降泣きっぱなしでもう、嗚咽出まくりでもう。50話以降も配信してくれないものか…。

長いので折る。パタン。

天羽さんが言っていた「自分が何をすれば幸せになれるかを探す力」という言葉が頭にずーーーっと残ってて、自分に置き換えて考えてみた。今の現状が幸せかと問われればまぁまぁと答えざるを得ないのが多いに不本意(出典:ガストロンジャー)ということは、そうじゃないんだろう。じゃあなんだろう、何をすれば幸せになれるんだろう。

ひとまず仕事、ひとまず同人。ひとまずは休まず。まずまずで続くまずい浮世の汁。やってみたい事はいっぱいあるけれども、「やりたいこと」と「自分が幸せだと感じること」は繋がらない。バンジージャンプしてみたいけど幸せかと言われればまぁそれなりに、まぁ。

学園長は素晴らしい人材を育てるために。お母さんは一人一人の人とより深く接するために。何かをしながら漠然と関心が向くベクトルを意識して、具体的にどんな事をすればそれを実践できるかを考える。自分が関心を向けているもの、アツくなれるもの、感情を偽り無く発露できるもの。考えてみよう。

あとジョニー先生素晴らしすぎる。感情を全身で表現する。なんという金言、至言。女児ならずとも思春期ヒューマンに見せたいアニメナンバーワンis『アイカツ』。思春期マーブルヒューマンは違う意味で見ていそう。

まさかまさか『アイカツ』でそげな自省に近い自問をするなんて思いもみなかった次第。で、続いて前から見てみたかった『ガッチャマン クラウズ』見ました。50話を見た後の1クールのデザート感たるや。

OPかっこいい。イントロ変拍子かと思いきや四拍子に乗ってる。

はじめちゃんも言ってたけど、嫌なら電源オフればいいというフレーズ。ホリエモンだか誰かが言ってたけど、「んなもん知るかと言える人が最近少ない」という言葉を思い出した。他者を意識している多寡に差はあれど、こう思われるかも〜とかああ言われるかも〜とか、そんなものに自分を左右されるべきではない。けれど、心のやわい部分は嫌な言葉を簡単には弾いてくれない。わかる、わかるぞよ。

SNSの発達で何をしても誰かに何か言われる世だし気にしてられないんだけどね。マジックワード「んなもん知るか」のハートに則って、皆々様唯我独尊ネットライフという理想を胸に。そうなると無反応の虚しさとかって話しも出てくるけど、壁に向かってボソボソ話してて人が集まってくるかどうかの事だし、リアクションが欲しいなら相応のアクションを意識するしかないやね。競合の多さ、女子の強さ。承認欲求を通り越した承認合戦。

アニメを見る、漫画を見る、小説を読む、映画を見るなどをすると人格が増えるという感覚がある。気に入ったキャラクターの考えに則って物事を見たり対処するというか、穏やかな内省的厨二思想。厨二という言葉で精緻な表現を疎かにしている感は否めない、否まない。兎角殊更、インプットの数はアウトプットの数と角度に比例してしまう。

hulu一つでこんなことを思って書くまでになってしまった。ステマなのかダイマなのか。『ブレイキング バッド』とかドラマも見たいけどさすがにヘビーで。


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